脱力の話 〜脱力が力を生む?〜

野球医学とスポーツ総合診療の「ベースボールスポーツクリニック」の育成コーチの豊田です。

スポーツの世界では、少し力を抜いて「脱力」することが、良いパフォーマンスを発揮するために重要であることが知られています。脱力の重要性は、スポーツ以外の分野でも論じられており、音楽の演奏を専門的に研究されている古谷晋一先生は、著書「ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム(春秋社)」の中でプロのピアニストの脱力について述べています。

「重力を利用する」

古谷先生の研究で、プロのピアニストとピアノを習い始めて1年未満の初心者に鍵盤を一回だけ打鍵してもらい、そのときの上腕の筋肉の活動を筋電図によって調べたところ、まずはプロも初心者も上腕二頭筋(肘を曲げる筋肉)を収縮させて前腕を持ち上げるのですが、その後に違いがあったと述べています。

初心者
→上腕三頭筋(肘を伸ばす筋肉)を収縮させることによって肘を伸ばし、打鍵していた。

プロ
→上腕三頭筋は収縮させず、上腕二頭筋を緩ませることによって肘を伸ばし、打鍵していた。

つまり、プロのピアニストは、前腕を持ち上げるために収縮した上腕二頭筋を緩める=脱力することで、重力に任せて前腕を落下させ、打鍵していました。(※ただし、前腕を落とすだけは足りないほど、大きな音を鳴らすには場合には、プロのピアニストも上腕三頭筋の収縮を使う必要がある)

脱力は、プロのピアニストが素早く、そして、数多く打鍵するための秘密のひとつであることが示唆されたのです。

しかしながら、脱力し、重力にまかせて前腕を落とすぐらいのことは、初心者でもできそうなのですが、なぜできないのでしょうか?

それについて、古谷先生は「おそらく、重力によって腕を自由落下させると、少なくとも初めのうちは、狙った音を適切に鳴らすことが難しいからではないか、と私は考えています。」と述べています。

スポーツのコーチやピアノの先生は、経験的に脱力の重要性を知っていますので、選手や生徒に対して「脱力しなさい」と指導しますが、脱力して、思い通りの良いパフォーマンスを発揮するために練習が必要なのは、スポーツもピアノも同じようです。

参考文献
古谷晋一(2012)『ピアニストの脳を科学する 超絶技巧のメカニズム』 春秋社.

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